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***2007シニア世界選手権参戦記***

BCC福岡 許田安信

 

毎日の暑さが一向に引かない8月11に福岡を発ち韓国にて中継の後、東ヨーロッパのチェコに到着したのは同月11日の夕刻でした。早速タクシーを捕まえてホテルへチェックインを済ませたらもう午後8時でしたが外はまだ明るく現地は現在1時間遅れの夏時間の真っ最中です。これから4日間は時差調整兼観光でプラハに留まり、15日に大会会場へ移動です。チェコは大変古くからの建物が戦災にも遭わず残されていまして、さながらヨーロッパの京都といった趣のある国でした。 また流石にビールが安く、500mlで160円程!エビアンが360円!(高っ)。15日に遅い朝食を取った後にプラハを出て、タクシーで約1時間にて大会会場へ移動。宿にチェックインし荷物を部屋にぶち込むとすぐに隣接した会場に移動し練習開始です。

暫く練習していると、今回の日本チームメンバー残り2名と会場で合流し、昼からは5時間ほど練習!(気持ちだけは皆若いんです)。藤地さんはベイトが好調で、そのスピードは目を見張るものが有ります。猪狩さんは雰囲気に動じることなく何時も通りの投擲を繰り返します。この日はパーフェクトな順風2mの条件でしたので、飛ぶは飛ぶは。自身ほんまかいな?と思える110m〜115mの距離でした。何処かの国の偉いサン?が近づいて来たので一通り御挨拶を済ませ、「どうだ?」と聞いてきたので距離を伝え、レーザー計測計の数字を見せたところ青くて「丸い目」を大きく見開いて驚いてました。このやり取りのせいか、次の日にドイツの選手が練習準備をしていた所にやってきて、道具をしげしげと眺めた後でリールの「チタニウムMG」を指差して「モンスターマシーン」とのたまわったのでした。すぐさま「ノーノー!テクニック!」と腕をポンポン叩いて言い返したのですが、何処まで通じたものやら。

練習が終了してホテル(実情はスポーツ合宿所で冷蔵庫は無い、エアコンなんてもっての他)に戻り、8時からのウエルカムパーティーを待ちます。いそいそと部屋を出てパーティ会場へ入ると皆さん御揃いなんですが、なんか思ってたのと違います。見るとしっ!しっ!食事の準備が有りません〜。夕食を各自食堂で済ました後に集合であった様で、これで昼食、夕食ぬきが決まりました。生ビールが一層空きっ腹に堪えます。いつもよりアルコールが回った状況で「キャプテンミーティング」とやらが別部屋であり、意に反して代表で出たのですがドイツ語、チェコ語が乱れ飛ぶもんだからナンノコッチャ?状態、英語への通訳が入るのですが理解半分,フィーリング半分の理解度です。(岡本さんは偉い!)そうこうしてる内に御開きとなり、河岸を変えて飲み会が開催されますが、空腹に耐えられずに私達夫婦は早々に部屋へ引き上げ、空腹を抱えながら就寝となりました。

その後2日間はみっちり練習(隔離された立地なので町まで遠征することが出来ません)を重ねて本番の3日目を迎えます。本番は朝からほぼ無風状態が続き、条件は今大会で1番安定してます。私達は朝6時から2時間の朝錬(と言うとカッコいいのですが年を取ると自然と目が覚めてしまいます)を消化し、朝食を頂いた後にまずは第5種目に望みます。競技が始まりますと如何した事か?あれだけ絶好調だった猪狩さんの調子が上がりません。結果は予想外の54.35mで22位と残念な結果となりました。私は予想通りに飛ばせなかった(真面目に練習してませんでした、スミマセン!)59.62mで10位。後で判ったのですが、決勝通過にはあと1m不足だったのでした。クヤシ〜ィ。次回のリベンジを誓う二人でしたチャンチャン。

途中で前日の種目表彰を消化し、その後にいよいよ第7種目第9種目の順番で競技開始です。 会場では6つのコートは用意され、おのおののコートに10人強の選手が3投投擲し、最長で予選の通過が決まります。私は第5コートの1番、投擲エリアに入ると年甲斐も無く心臓が「バクバク」暴れてるのを感じます。トリャ〜!第1投目は94m!しかし周りの成績を見るとこのままでは予選通過も望めない成績です。暫定1位はドイツ選手の100.61m!「おっかしいな〜」と思い、撮影したビデオを見返すとフォームがハチャメチャ。すぐさま悪い所のチェックと対応を考えて2投目に臨みます。それでも全部は修正出来なかった様で、今度は引っ張りすぎて右へ2m程エリアを出てしまいました。これはヒジョ〜にマズイ状況です。ただ糸の出具合(量)を見るとそこそこは飛んでる様なので、最終の3投目は立ち位置と方向を修正して臨みます。

そして運命の第3投目、条件は変化無くほぼ無風です。渾身の力で振りぬけた竿からプラグが放たれ、センターやや右に無事着地!。計測員が100mメジャーの端を持って着地点に向かいます。ずるずるとメジャーが引張られ、そのままこちらの端が投擲エリアから離れて行き100mでは足りない事が判ります。結果は104.73m!!予選通過です!。 藤地さんはフォームの悩みを抱えての投擲で、実力が出せず87.22mの19位。猪狩さんは95.87mで表彰台一歩手前の4位でした。

15分程の休憩の後、成績上位6名による決勝戦の始まり、決勝に使うコートの周りは各国選手が結果を見守ります。投擲順は下位から始まり、私は最後で6番目、ドイツ選手はその前に投擲します。決勝1投目はドイツ選手が予選より距離を伸ばして101.58mを叩き出しました。周りのドイツ選手が沸きます。その中で私の第1投目、予選よりはかなり落ち着いて予選時の修正点を確認しながらの投擲です。予定通りセンターやや右にプラグが着地、計測員がメジャーを着地点目指して引張ります。またしてもメジャーが足りません!1投目の成績104.40mがコールされると、盛り上がっていたドイツチームが一瞬にしてシーンと沈黙してしまいました。

2投目はドイツ選手が1投目を上回ることが出来ず、私の当日最長104.74mが会場にコールされるとドイツ選手団からは重い沈黙が支配し始めました。いよいよ最終の第3投目が始まると、それまでの微風追い風だったのが反対に微風向かい風に変わって来ました。各選手少しでも良い条件で投擲したいので、許される1分間を有効に使っての風待ちが始まります。それでも条件は好転せず各選手は持てる力を振り絞って投擲して行きます。ドイツ選手も1分をフルに使って(1分以上だったような気がします・・・)投擲しますが、98mを超えるのが精一杯の様でした。

これでついに勝負あったでしたが、「風で勝った」と思われるのが癪でしたので満身の力を込めての3投目です。最後の投擲も計測員のメジャーが足りず、101mの成績を記録して短い様で長かった決勝戦は終了です。周りの選手,審判,計測員が祝福の為、握手を求めてきます。至福の瞬間でした。会場の横で販売されている生ビール(500mlで160円とメッチャ安)を味わい、この後30分後に始まる第9種目を迎えるのですが、緊張感が薄れてどうしても元に戻せませんでした。片や藤地,猪狩両名は並み居る強敵を蹴散らして優勝!!。私は何とか予選を通過し結果3位には滑り込みましたが、予選から薄氷を踏む思いでとても言えたザマではありません。スミマセン!!。

さて、今大会競技全体に感じた事ですが、年齢無差別の世界選手権とは一線を隔した「ほのぼの」とした雰囲気が全体を支配している様に感じました。もちろん競技ですので皆真剣なのでしょうが、一時代を築いた世界チャンピオン達(97歳の世界チャンピオンもいらしてました、私の生まれる前?)が「おう!まだ元気でやっとったか」と同窓会気分と言っては言いすぎか?。そんな雰囲気です。タックルチェックやラインチェックは「気が向いた時にやってます」と不定期ですし、和気藹々とした空気が流れていました。大会途中で、「私達こんなに練習ばかりしてていいんか?」と考えてしまいます。

いよいよ全競技も全て終了し、さよならパーティーが始まります。 ホスト国を含む連盟の偉いさんの長〜い挨拶と表彰式が済むと、生バンドによるダンスタイムが始まります。今大会の年齢層からして、ダンスの一つや二つは踊れないといかんな〜。特にホスト国の長は各国からの参加女性に対する気の使い様は大した物でして、常にダンスに誘って正しく「ホスト」でした。反省!。他に反省ついでの反省点としては、各国必ずホスト国の長に「御土産」を持って行き、全員で挨拶?ねぎらい?に駆けつけている事です。わが日本でも、選手に対する補助を削ってでも費用を捻出出来ればな〜と強く感じました。最後まで稚拙な文書に御付き合い頂けた事に感謝申し上げて、参戦記を終わらせて頂きます。有難う御座いました。

2007シニア・ベテラン世界選手権 日本人選手の成績

<<シニアの部>>

第7種目スピニング両手投げ距離
優勝 許田安信 104.74m
19位 籐地隆夫 87.22m

第9種目マルチプライヤー両手投げ距離
優勝 籐地隆夫 97.05m
3位 許田安信 90.40m

<<ベテランの部>>

第7種目スピニング両手投げ距離
4位 猪狩清一 95.30m

第9種目マルチプライヤー両手投げ距離
優勝 猪狩清一 93.48m
 
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